驚きの値段で 源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B 柿右衛門様式

¥14,880

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京都の公卿·大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙·旧所蔵
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
自筆「源氏物語」の「夕顔(ゆうがほ)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
「夕顔の巻」の主人公「夕顔」は、最近フランスで屏風立が新しく発見され美しく描かれ高く評価を受けている
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福

【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。大炊御門宗氏の長男·信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母·皇太后となる。現在の今上天皇と系譜がつながっている。
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
 関白·近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女·常子内親王と結婚。二人の皇女·熙子(ひろこ)は、甲府藩主·徳川綱豊と結婚。綱豊は、のち第六代将軍·徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。近衛基熙は、千利休の孫·千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代·後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家·自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。基熙は、他にも朝廷·幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。(資料の記録は下記に掲示)
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん·天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。また、各巻ごとの書かれた年については不明。従って、応永五年とは、書き始めの年である。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室·方子の所蔵となったものである。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。

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 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実·治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。出品した「源氏物語」の筆者·大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。
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 旧·所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。炊御門宗氏·自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室·方子が鑑賞していたものです。近衛基熙が所蔵する自筆·「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。

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 出品した「源氏物語」は夕顔(ゆうがほ)の内容の要旨
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。夕顔の巻には、源氏の君と左大臣の子息で源氏の君の無二の親友頭(とうの)中将が登場する。頭の中将は貴婦人の夕顔と恋仲になり玉鬘(たまかずら)という3歳の娘がいる。頭の中将は夕顔とは別宅で暮らし玉鬘も乳母の元で育てられている。ある日、源氏は夕顔の花咲く家に目をやり花を所望するとその家の童が扇に花をのせて差し出した。その後、源氏の君の夕顔の花の咲く家の貴婦人に関心をもち源氏と夕顔の君は恋におぼれこんでいく。

【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
自筆下部の印は出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘·幾千姫(玉映)の落款(印譜)
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
自筆上部の「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩の落款
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節で、白楽天の連理の詩で有名です。夕顔の一節の中に「長生殿の古きためしはゆゆしくて、翼をひかえむとはひきかえて弥勒の世を重ねたまう」というものです。夕顔は、源氏の君と共にいつまでも天上に上っても二羽のつがいとなってすごしたいという願いです。後段の「翼をひかえむとはひきかえて弥勒の世を重ねたまう」とは老いた鳥となっても弥勒の時代が到来し、再び若い翼をつけて大空を楽しく飛んでみたいという夢のある漢詩です。「在天願作比翼鳥」は、白楽天の連理の詩で有名であり、源氏の君と夕顔が天にあって連理の比翼の鳥として末長くはばたいてほしいという意味が落款に込められている。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」近衛基熙·旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
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《「源氏物語」夕顔(ゆうがほ)の巻》
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
「夕顔」の巻は英文で「Evening Faces」と表記されます。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
《自筆上部の「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。》
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
「額縁入自筆原本」
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱

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(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
「自筆原本」
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伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
自筆右下二つの印は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室·方子·と娘の幾千姫(玉映)の落款。
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
自筆上部の「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。》
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
自筆下部の印は出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
(1)·自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。

十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
《「源氏物語」夕顔(ゆうがほ)の巻》
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
《「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。》
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
《これそ》····なのめならぬかたはなへかりける」
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
と、むま(馬)のかみ(頭)のいさめおほし出て、いとおしきに、
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
つれなき心はねたけれと、人のためはあはれとおほしなさる。
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
「むすめ(娘)をはさるへき人にあつ(預)けて、
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
きた(北)のかた(方)をはゐてくた(下)りぬへし」
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
とき(聞)ゝ給ふに、ひとかたならす心あはたゝしくて、
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
「いま(今)一たひはえあるましきこと(事)にや」と、
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
こきみ(小君)をかた(語)らひ給へと、人の心を
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
あは(合)せたらむこと(事)にてたに、かろらかにえしも
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
まき(紛)れたま(給)ふましきを、ましてに(似)け
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
なきこと(事)に思ひて、「いまさらに見くるしかるへし」
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
と思ひはな(離)れたり。さすかに、た(絶)えて
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
おも(思)ほしわす(忘)れなんことも、····《いとい(言)ふ》

人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
(文責·出品者)
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。

◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
(2)·自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。

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《「源氏物語」夕顔(ゆうがほ)の巻》
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
《源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君の物語》
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
《源氏の君、六条邸を訪れ、夕顔の宿を意識する》
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
《源氏の君、惟光からの報告を受け女君(夕顔)に関心を抱く》
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
《源氏の君、伊予介の訪問を受け空蝉の君を想う》
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
《源氏の君、惟光からの報告を受け女君(夕顔)に関心を抱く》
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
《任国の土産(みやげ)話など申しあげるので、
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(源氏の君)「湯桁(ゆげた)はいくつか」
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と尋ねてみたくお思いになるが、わけもなくまともには顔が見られなくて、
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
源氏の君は、お胸の中に、あれこれのことをお思い出しになっている。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
(源氏の君)「この律義そうな大人に対して、こんな思いを抱くのも、
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
いかにも愚かしく後ろ暗いことだ。まったく、
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こうした一件こそ、常軌を》·····逸して不埒(ふらち)なことではないか」
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
と、馬頭(うまのかみ)の戒めをお思い出しになって、伊予介が気のどくに
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
なるにつけても、女の冷淡な心はいまいましいけれども、
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この夫のためには殊勝なこととお考えなおしになる。
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 娘(軒端荻)のほうは適当な人(蔵人少将)に縁づかせて、
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北の方(空蝉)は、夫(伊予介)と共に国へ連れて下るつもりと
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
お聞きになるにつけても、あれこれ落ち着いてはいられなくて、
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
もう一度逢えぬものかと、小君に話をもちかけられるけれども、
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
たとえ相手が同意したような場合でも、容易に人目をお忍びには
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なれそうもないのだし、まして女のほうでは身分不相応のだいそれた
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
ことと思って、いまさらそのようなことは見苦しいことと、
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まったくあきらめている。
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それでも、さすがに源氏の君がもしこれきりですっかり自分を
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お忘れになってしまうのだったら、·····《それもまことにはりあいがなく
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
つらいことだろうとの気持から、しかるべき折々のご返事などはなさる。
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
いつもやさしく情をこめてお答えをなさる。》
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現代語訳の出典·「源氏物語」小学館刊·阿部秋生·東大名誉教授(1999年没)
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備考·出品した自筆は、大炊御門宗氏·自筆で近衛基熙の旧·所蔵になるものです。
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(2)·自筆の「英訳文」は次の通りです。

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《Evening Faces(夕顔)》
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【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
Edward George Seidensticker(エドワード·ジョージ·サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)

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Though he resented the wife's coldness, he could see
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that from the husband's point of view it was admirable.
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He was upset to learn that the governor meant to find a suitable husband for his daughter and
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take his wife to the provinces.
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He consulted the lady's young brother upon the
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possibility of another meeting.
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It would have been difficult even with the lady's cooperation,
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however, and she was of the view that to receive a
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gentleman so far above her would be extremely unwise.
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Yet she did not want him to forget her entirely.
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
(2)·自筆の「中国語訳」は次の通りです。

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《夕顔》
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“我想再和姐姐会一次面,行不行?”
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
小君心里想:即使方是同心的,也不便易会,
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
何况姐姐姻与身不相称,
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
是件丑事,已断念。至于那空蝉,
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得源氏公子如果真正和决,将忘,
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到底是的,是可悲的。
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
因此逢写回信等,是措婉,
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
或者用些雅句,或者加些美妙人的文字,
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
使源氏公子得可。采取的度,
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
因此源氏公子然恨冷酷无情,

【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)

有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
「夕顔の巻」原本の末尾(原本番号51-B)の印は、仙台藩第五代藩主·伊達吉村の正室·伊達貞子の押印
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証

十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
左の写真2枚が「源氏物語」夕顔の巻の末尾(原本番号51-B)右面と左面の押印。
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
写真一番左下の角印が仙台藩の家紋印(竹に雀)
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
家紋印の上の2つの印は仙台藩主第五代藩主·伊達吉村の正室(冬姫)。冬姫は内大臣·通誠の養女。
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
冬姫は通称。正式な名は伊達貞子。左端の写真は「夕顔の巻」末尾の拡大写真。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
左上の篆書体は、「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)の押印。
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
篆書体の下の二つの印は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘·玉映の落款
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写真左から2枚目上の2つの印は仙台藩医·木村寿禎の落款
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館·刊行)
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。)

◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
自筆の疎明資料等は、下記の通りです。
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福

【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術

【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
(Ⅰ)·上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭·(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社·刊)78頁。筆者は近衛関白政家公。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。年号の左の印は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。左の写真は、桐壺の巻の奥付。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。上下2段の花押のうち、上の印は。出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医·木村寿禎の落款(印譜)
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B

有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
「自筆の画像断層(MRI)写真」
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証

十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
(出品した自筆の「断層画像写真」(夕顔の巻)MRI 04―9B
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
自筆下二つの印のうち下は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款

伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
「源氏物語」「夕顔の巻」主人公·夕顔の資料
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
下記写真は、フランスで発見された「源氏物語絵巻」の中に描かれる夕顔と源氏の君(屏風立)。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門

源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
廊下側の源氏の君に優美な姿をしなだれ寄せる夕顔の君
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱

人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
「天皇の曽祖父·大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173

伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父·大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫·所蔵)
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫·近衛基熙の天皇家·近衛家略系図
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
4番目の写真は、天皇家·近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ·7)平成29年7月淡交社·刊行
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱


伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」近衛基熙·旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫·近衛基熙の旧所蔵である。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。出品した大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主·松平治郷(不昧公)の正室·方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医·木村寿禎に伝来していたものである。
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
漢詩文「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
源氏物語「夕顔」原本の17-Aの原本に記されております。紫式部が「夕顔」を書くに際し、「白氏文集」の漢詩を熟読したうえで「源氏物語」の「夕顔の巻」を書いていることがわかります。この原詩の言葉の引用は、「夕顔の巻」に用いられていることで広くしられている。紫式部がこの原詩に親しんでいたと推定されている。
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。 特に出雲·松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「RemovablePaste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析·解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析·解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。本物を見分けるための欧米の進んだ分析·解析技術を見ることができます。
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。額縁は新品です。
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
「源氏物語」の自筆について1·筆跡の分析について
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
2·大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。
人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。宗氏は、正二位·内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。
十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道
3·自筆「源氏物語」の旧·所蔵者の特定の経緯について
◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173
近衛基熙の旧·所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。
伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福
4·近衛基熙(このえもとひろ)について
【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白·左大臣)の長男として誕生。母は後水尾天皇皇女女二宮。実母は近衛家女房(瑤林院)。幼名は多治丸。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている

【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門
HP近衛基熙·旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ をご覧ください。
源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B
ツイッター も合わせてご覧ください。

有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱
不昧公 公卿 肉筆 保障 保証 真筆 真筆 親筆 古筆 本物保証 本物保障 室町掛軸 掛け軸 自筆 天皇 茶道具 宗鑑 良寛 伝来 歌仙 極め 極札 極め札 鑑定

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十二代今泉今右衛門 色絵草花文様 壺 花器 美術品 上作品 花道 茶道

◆伊万里・色絵・虎松竹梅文・輪花皿・柿右衛門様式・赤絵・飾り皿・皿・鉢・床置・幅29㌢◆aa173

伊万里焼 人間国宝 十ニ代 酒井田柿右衛門 人気の柿柄 染錦柿 菓子器 渦福

【TS31006】時代 伊万里焼 在銘 不動明王立像 人物置物 /骨董品 時代品 美術品 古美術品 日本美術

【和】(7244) 時代古作 古伊万里柿右衛門 色絵鹿紅葉文壺 色絵柿右衛門

源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君とをめぐる恋の物語「源氏物語」夕顔の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道9-B

有田焼 十三代 酒井田柿右衛門 造 柿形 箸置 5客 共箱

人間国宝 十四代 酒井田柿右衛門 錦菊鳥文花瓶 本物保証
京都の公卿·大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙·旧所蔵自筆「源氏物語」の「夕顔(ゆうがほ)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。「夕顔の巻」の主人公「夕顔」は、最近フランスで屏風立が新しく発見され美しく描かれ高く評価を受けている
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。大炊御門宗氏の長男·信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母·皇太后となる。現在の今上天皇と系譜がつながっている。 関白·近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女·常子内親王と結婚。二人の皇女·熙子(ひろこ)は、甲府藩主·徳川綱豊と結婚。綱豊は、のち第六代将軍·徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。近衛基熙は、千利休の孫·千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代·後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家·自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。基熙は、他にも朝廷·幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。(資料の記録は下記に掲示) 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん·天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。また、各巻ごとの書かれた年については不明。従って、応永五年とは、書き始めの年である。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室·方子の所蔵となったものである。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実·治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。出品した「源氏物語」の筆者·大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。 旧·所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。炊御門宗氏·自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室·方子が鑑賞していたものです。近衛基熙が所蔵する自筆·「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。 出品した「源氏物語」は夕顔(ゆうがほ)の内容の要旨『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。夕顔の巻には、源氏の君と左大臣の子息で源氏の君の無二の親友頭(とうの)中将が登場する。頭の中将は貴婦人の夕顔と恋仲になり玉鬘(たまかずら)という3歳の娘がいる。頭の中将は夕顔とは別宅で暮らし玉鬘も乳母の元で育てられている。ある日、源氏は夕顔の花咲く家に目をやり花を所望するとその家の童が扇に花をのせて差し出した。その後、源氏の君の夕顔の花の咲く家の貴婦人に関心をもち源氏と夕顔の君は恋におぼれこんでいく。
自筆下部の印は出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘·幾千姫(玉映)の落款(印譜)自筆上部の「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩の落款漢詩は「白氏文集」の中の有名一節で、白楽天の連理の詩で有名です。夕顔の一節の中に「長生殿の古きためしはゆゆしくて、翼をひかえむとはひきかえて弥勒の世を重ねたまう」というものです。夕顔は、源氏の君と共にいつまでも天上に上っても二羽のつがいとなってすごしたいという願いです。後段の「翼をひかえむとはひきかえて弥勒の世を重ねたまう」とは老いた鳥となっても弥勒の時代が到来し、再び若い翼をつけて大空を楽しく飛んでみたいという夢のある漢詩です。「在天願作比翼鳥」は、白楽天の連理の詩で有名であり、源氏の君と夕顔が天にあって連理の比翼の鳥として末長くはばたいてほしいという意味が落款に込められている。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」近衛基熙·旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載《「源氏物語」夕顔(ゆうがほ)の巻》「夕顔」の巻は英文で「Evening Faces」と表記されます。《自筆上部の「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。》
「額縁入自筆原本」(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)「自筆原本」自筆右下二つの印は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室·方子·と娘の幾千姫(玉映)の落款。自筆上部の「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。》自筆下部の印は出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)自筆が「古切」とされたのは江戸時代。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載(1)·自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。
《「源氏物語」夕顔(ゆうがほ)の巻》《「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。》《これそ》····なのめならぬかたはなへかりける」と、むま(馬)のかみ(頭)のいさめおほし出て、いとおしきに、つれなき心はねたけれと、人のためはあはれとおほしなさる。「むすめ(娘)をはさるへき人にあつ(預)けて、きた(北)のかた(方)をはゐてくた(下)りぬへし」とき(聞)ゝ給ふに、ひとかたならす心あはたゝしくて、「いま(今)一たひはえあるましきこと(事)にや」と、こきみ(小君)をかた(語)らひ給へと、人の心をあは(合)せたらむこと(事)にてたに、かろらかにえしもまき(紛)れたま(給)ふましきを、ましてに(似)けなきこと(事)に思ひて、「いまさらに見くるしかるへし」と思ひはな(離)れたり。さすかに、た(絶)えておも(思)ほしわす(忘)れなんことも、····《いとい(言)ふ》(文責·出品者)「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。
(2)·自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。
《「源氏物語」夕顔(ゆうがほ)の巻》《源氏の君と親友の頭(とうの)中将が愛した美しい夕顔の君の物語》《源氏の君、六条邸を訪れ、夕顔の宿を意識する》《源氏の君、惟光からの報告を受け女君(夕顔)に関心を抱く》《源氏の君、伊予介の訪問を受け空蝉の君を想う》《源氏の君、惟光からの報告を受け女君(夕顔)に関心を抱く》《任国の土産(みやげ)話など申しあげるので、(源氏の君)「湯桁(ゆげた)はいくつか」と尋ねてみたくお思いになるが、わけもなくまともには顔が見られなくて、源氏の君は、お胸の中に、あれこれのことをお思い出しになっている。(源氏の君)「この律義そうな大人に対して、こんな思いを抱くのも、いかにも愚かしく後ろ暗いことだ。まったく、こうした一件こそ、常軌を》·····逸して不埒(ふらち)なことではないか」と、馬頭(うまのかみ)の戒めをお思い出しになって、伊予介が気のどくになるにつけても、女の冷淡な心はいまいましいけれども、この夫のためには殊勝なこととお考えなおしになる。 娘(軒端荻)のほうは適当な人(蔵人少将)に縁づかせて、北の方(空蝉)は、夫(伊予介)と共に国へ連れて下るつもりとお聞きになるにつけても、あれこれ落ち着いてはいられなくて、もう一度逢えぬものかと、小君に話をもちかけられるけれども、たとえ相手が同意したような場合でも、容易に人目をお忍びにはなれそうもないのだし、まして女のほうでは身分不相応のだいそれたことと思って、いまさらそのようなことは見苦しいことと、まったくあきらめている。それでも、さすがに源氏の君がもしこれきりですっかり自分をお忘れになってしまうのだったら、·····《それもまことにはりあいがなくつらいことだろうとの気持から、しかるべき折々のご返事などはなさる。いつもやさしく情をこめてお答えをなさる。》現代語訳の出典·「源氏物語」小学館刊·阿部秋生·東大名誉教授(1999年没)備考·出品した自筆は、大炊御門宗氏·自筆で近衛基熙の旧·所蔵になるものです。
(2)·自筆の「英訳文」は次の通りです。
《Evening Faces(夕顔)》英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』Edward George Seidensticker(エドワード·ジョージ·サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)Though he resented the wife's coldness, he could see that from the husband's point of view it was admirable. He was upset to learn that the governor meant to find a suitable husband for his daughter and take his wife to the provinces. He consulted the lady's young brother upon the possibility of another meeting. It would have been difficult even with the lady's cooperation, however, and she was of the view that to receive a gentleman so far above her would be extremely unwise. Yet she did not want him to forget her entirely.
(2)·自筆の「中国語訳」は次の通りです。
《夕顔》“我想再和姐姐会一次面,行不行?” 小君心里想:即使方是同心的,也不便易会,何况姐姐姻与身不相称,是件丑事,已断念。至于那空蝉,得源氏公子如果真正和决,将忘,到底是的,是可悲的。因此逢写回信等,是措婉,或者用些雅句,或者加些美妙人的文字,使源氏公子得可。采取的度,因此源氏公子然恨冷酷无情,中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
「夕顔の巻」原本の末尾(原本番号51-B)の印は、仙台藩第五代藩主·伊達吉村の正室·伊達貞子の押印左の写真2枚が「源氏物語」夕顔の巻の末尾(原本番号51-B)右面と左面の押印。写真一番左下の角印が仙台藩の家紋印(竹に雀)家紋印の上の2つの印は仙台藩主第五代藩主·伊達吉村の正室(冬姫)。冬姫は内大臣·通誠の養女。冬姫は通称。正式な名は伊達貞子。左端の写真は「夕顔の巻」末尾の拡大写真。左上の篆書体は、「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)の押印。篆書体の下の二つの印は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘·玉映の落款写真左から2枚目上の2つの印は仙台藩医·木村寿禎の落款右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館·刊行)(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。)
自筆の疎明資料等は、下記の通りです。
(Ⅰ)·上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭·(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社·刊)78頁。筆者は近衛関白政家公。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。年号の左の印は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。左の写真は、桐壺の巻の奥付。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。上下2段の花押のうち、上の印は。出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医·木村寿禎の落款(印譜)
「自筆の画像断層(MRI)写真」(出品した自筆の「断層画像写真」(夕顔の巻)MRI 04―9B自筆下二つの印のうち下は、出雲·松江藩主·松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款「源氏物語」「夕顔の巻」主人公·夕顔の資料下記写真は、フランスで発見された「源氏物語絵巻」の中に描かれる夕顔と源氏の君(屏風立)。廊下側の源氏の君に優美な姿をしなだれ寄せる夕顔の君
「天皇の曽祖父·大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父·大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫·所蔵)3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫·近衛基熙の天皇家·近衛家略系図4番目の写真は、天皇家·近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ·7)平成29年7月淡交社·刊行

大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」近衛基熙·旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫·近衛基熙の旧所蔵である。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。出品した大炊御門宗氏·自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主·松平治郷(不昧公)の正室·方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医·木村寿禎に伝来していたものである。
漢詩文「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。源氏物語「夕顔」原本の17-Aの原本に記されております。紫式部が「夕顔」を書くに際し、「白氏文集」の漢詩を熟読したうえで「源氏物語」の「夕顔の巻」を書いていることがわかります。この原詩の言葉の引用は、「夕顔の巻」に用いられていることで広くしられている。紫式部がこの原詩に親しんでいたと推定されている。
漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。 特に出雲·松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、「在天願作比翼鳥」(天に在りて願わくは比翼の鳥とならん)「天に在ってのお願いは比翼の鳥となることである」の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。
自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「RemovablePaste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。
断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析·解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析·解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。本物を見分けるための欧米の進んだ分析·解析技術を見ることができます。
寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。額縁は新品です。
「源氏物語」の自筆について1·筆跡の分析について 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。2·大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。宗氏は、正二位·内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。3·自筆「源氏物語」の旧·所蔵者の特定の経緯について近衛基熙の旧·所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。4·近衛基熙(このえもとひろ)について近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白·左大臣)の長男として誕生。母は後水尾天皇皇女女二宮。実母は近衛家女房(瑤林院)。幼名は多治丸。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
HP近衛基熙·旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ をご覧ください。ツイッター も合わせてご覧ください。
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